大学教員が起業するマインド

今回はなぜ大学教員がわざわざ起業するのかという点について,説明します.

自分の研究成果を広く社会に実装して,社会貢献をしたいため.と本当は格好よく言いたいところなのですが,現実はそんな甘くないんです.社会実装のために事業をすることも重要な目的なのですが,それだけならわざわざ大学教員が自らしなくとも誰か実装してくれそうなパートナーとする方が楽です.

でも現実は,お金がないんです.そう簡単にパートナーは見つかりません.ましてや,こんな若手の実績のない教員を信用してパートナーとなっていただける企業はなかなかいないです.さらに,我々の活動は継続が大事ですので,契約期間が切れて,はい終了ともなりかねません.

今大学の研究・教育はかなりの変革期にあると実感しています.少子高齢化に伴い,今まで教育に回していた予算が福利厚生に回されていくのは当然のことです.

教育にかける予算全体でみれば,大学の教育研究に充てられている予算は大幅には減らされていないと思います.しかし政府は毎年大学の固定費として割り当てられていた運営交付金という予算を年々削減して,競争的資金を拡充していっています.つまり,何もせずに配分されていた運営交付金を削減する代わりに,いい教育,研究をしている大学(教員)に対して再配分をするというものです.

私がちょうど大学に戻ってきたタイミングでこのような話を聞いて,なかなか大学も大変なんだと思った記憶があります.ただ,幸いにも教職に就いたときがそのようなタイミングでしたので,大学も市場競争にさらされているということを違和感なく受け入れました(会社では当たり前のことですから).

教育に過度の競争を求めてしまうと,日本の教育の根底を覆しかねないかもしれませんが,研究はそもそも競争の世界かなとも思っています.しかし,この予算の再配分,教育と研究を混ぜこぜで議論してしまっている部分が少し危うい気もしますが,大学教員ももっとアウトプットを出せという社会からのメッセージなのでしょう.

それに文句を言っていても仕方ないので,いかに外的環境に適応していくかを考える必要があります. まだまだ若いので,将来に向けて準備する時間はたくさんあるので,今できることをする.未来は今の積み重ねですので.

さて,ようやく本題ですが,私がわざわざ起業した本当の理由は大きく以下の2つです.

・将来研究(基礎研究)をじっくり行うための研究資金を継続的に得る.

一般的な研究資金の獲得方法としては,大きく「科研費」「各種財団の研究助成」「企業との共同研究」がありますが,どれも競争的な資金であり,期間も設けられるため,継続性という意味では非常に不安定です.

科研費は世間でも話題になっていますが,競争的資金の代表のようなもので,教員が自分の研究の提案や実施計画,予算計画などの結構な量の書類を作成して,申請するものです.年に1回公募があり,それに採択されれば2年もしくは3年間研究費が保障されます.当然不採択であれば,ゼロです.採択率は応募区分にもよりますが,全体で3割程度と言われています.つまり,申請しても7割は不採択です.一大イベントです.しかもこの科研費,実現可能性や実用性をかなり問われます(分野にもよるかと思いますが).ですので,「何の役に立つかわからないけど,こんな斬新なものができそう」みたいな提案は不採択になります. (科研費の中でも,基礎研究のテーマに助成する区分もありますが,採択率はさらに低くなります.)

各種財団の研究助成は,科研費をもっと少額にして,各財団が求める研究分野に対して研究助成を行うものです.これも当然,競争的資金ですので,申請書を書いて採択されなければいけません.しかも申請時に研究分野が限られていますので,提案する研究テーマに合致する財団を探して申請しなければなりません.採択される数はかなり少ないです.数件~多くても10件程度が普通でしょうか.しかし,応募数も財団によっても異なるので,採択率はまちまちでしょう.しかし,このような研究助成も実用性が多く問われますので,「何の役に立つかわからないけど,こんな斬新なものができそう」みたいな提案は不採択になるでしょう.

最後に企業との共同研究ですが,これは一般公募の競争的資金ではなく,企業がやりたいけど単独での実施が困難な研究に,共同で研究を実施してもらえそうな研究者(知見をもっている研究者)に依頼をして共同研究費を支払うというものです.これは著名な先生であれば,たくさん話がくると思いますが,まず若手の教員には話は回ってこないのではないかと思います.企業もお金を出す以上,当然結果を求めるので,信頼と実績のある先生に依頼するのは最もだと思います.ただ,この共同研究のほとんどが企業が事業にしたいようなネタですので,ニーズの研究,実用化の研究が多いです.また,共同研究での成果の取り扱いが難しく,知財関係でもめるということも聞いたことがあります.企業としては,他には知られたくない技術である一方,大学としては知見を社会に公知するのが役目ですので,取り扱いが難しいです.どこまでが大学単独でやってきた技術で,どこからが共同研究で付加した部分かなんて切り分けることはできないでしょう.もし,大学発ベンチャーで事業化をと考えている場合は,知財関連でもめないようにするのが難しいかもしれません.

以上のように,獲得できそうな外部資金はどれも実用性を求められるものがほとんどですし,決められた期間での助成となるため,継続性がないです.じっくり腰を据えてやるべき基礎研究に支出できる予算は別から稼ぐしかないというのが,私がたどり着いた結論です.だから事業化できる研究で資金を調達して,次の研究に回す循環を作ることが必要かと.

・継続的に博士課程の学生を輩出する.

もう一つの目的として,資金的に博士課程進学をあきらめざるを得ない学生を支援することです.将来の日本の科学力を維持するためには,やはり継続的に若い研究者が育たないといけないと思います.はじめにも言いましたが,大学に回ってくる運営費が削減される中,当然学生への支援も削減傾向です.

私が博士課程の進学に悩んでいたときもそうでしたが,博士課程に興味があっても修士課程で就職してしまう学生の中には,金銭的な問題が大きいことがあります.時間的な問題は,長い人生の2,3年なんて誤差のようなものじゃないかといって,納得することはできても,金銭的な問題は家庭事情もあるため,なんともできません.同世代が社会人になっていく中,焦りも出てくると思います.でも,そんな理由で優秀な学生が博士課程を断念せざるを得ないなんてもったいです.

私の経験上,ほんの2,3年の金銭的な問題による機会損失の方が大きいと思います.博士課程の2,3年での経験はお金では買えない価値があります.能力があって,博士課程まで行きたい気持ちのある学生をのがすのはもったいないです.不自由のない程度の生活が支援ができるような体制をつくれれば,やる気のある学生はどんどん博士課程に進学すると思うのです.自分の分野の研究者の裾野が広がれば,それだけ業界も盛り上がって好循環が生まれると思うんです.研究者も増えたり,起業家も増えることでしょう. そんな体制を築きたいというのが目標ですね.(そもそも今の助教の立場では博士課程の学生を指導する立場にもなっていないのですが.)

長々とマインドを語りましたが,そんなマインドで将来に備えて,今できることをやっていきます.

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